新しい生活

先週1週間は兎に角、疲れた。先週末に実家に戻ってきて、最初の1週間。まず、起床時間が30分早くなった。前は5時半起床で8時少し前に出発。今は5時起床で7時出発。単純に30分短くなっただけではなく、しっかりと朝食を食べるようになったので、実質、1時間近く余裕がない。前は携帯をチェックすることに充てていたこの1時間は通勤の電車の中でこなす事にした。

通勤時間は倍になった。40分くらいだったのが1時間20分。電車は激混みというほどではないが、ほぼ座れない。車内では皆が携帯を見るのか電波が入りづらい。慣れるまでは色々と勝手が違い疲れるが、前より約1時間早く出発し、20分早く出社。できるだけ20分早く退社し、往復で1時間以上、通勤時間が伸びたものの、週末は実家までの往復の時間が無くなったのでゆっくりできる。一長一短あるが、受け入れないといけない。

新生活になってなぜか変わった事もある。まずは血圧が上がった。以前も週末に実家で計ると高かったのだが、持ち帰った血圧計で計っても高い。何が原因かはわからないが、ちょっと高すぎるので、しばらくは注視したい。次に体重が減らない。これは明らかに以前より食べ過ぎている。以前は週末に2キロくらい増加して平日に戻していたが、今は平日にも戻らない。こちらもしばらくは注視が必要。

兎にも角にも傾向を見定め、場合によっては対策を練らないといけない。ボクの選んだ選択なのだから。

残り1週間

いよいよ来週の金曜日が引越しの日だ。長らくの一人暮らしも残り1週間。もっと色々と満喫しておくべきだったが、元々があまり遊び歩かない性格のようで、結局、部屋飲みでリフレッシュする毎日だった。

20年前に名古屋で単身赴任生活を始めて、確か11年前くらいにボク史上、最も安いアパートに引越したのだが、この時から手狭な部屋だったので荷物はかなり少ない。その後、8年前に東京に来て、4年前に今のマンションに引越しをして、その度に荷物を減らしていった。狭さでは今の部屋が最も狭い。荷造りをするにもダンボールを置くスペースすらない。今回、不燃ゴミ、粗大ゴミを少し捨てたが、残り1週間であと数点、粗大ゴミを捨てればかなり身軽になる。実家に戻るのでまだ使えて勿体無いが冷蔵庫と洗濯機も処分する。衣類は衣装ケースに入れたままでいいそうなので、それ以外の荷物はダンボール小で10箱くらいだろうか。

とはいえ実家に戻っても6畳のひと部屋なので手狭なことには変わらない。実家も父が他界してから荷物整理もあまりできていないので、更にどんどん処分していこうと思っている。

さて、残りの1週間。きっと引越しの準備で終わるだろう。その後も転出転入の役所関係や諸々の住所変更など9月上旬までは忙しくなる。中旬は母の2度目の心臓の手術もあるのでバタバタはするのだが、実家に戻れば今よりは融通が利くので、しっかりとサポートしていこうと考えている。

残り3週間

実家に戻る日まで残り3週間を切った。即ち、一人暮らしも残り3週間。最後に一人暮らしを満喫して、とは思うものの今週は仕事が忙しく、来週から半月も決算業務でバタバタするため、ほとんど時間が取れないことが予想される。引越しの準備も進めないといけないし、やることは山になっている。

4年前も8月に引越しをした。同じ地区で徒歩7、8分の距離のところ。部屋はかなり狭くなったが駅近になったのでいい物件を見つけることができた。今月、契約更新のタイミングで母も急に弱ってしまったので実家に戻る決断をしたが、母が変わらず元気だったら間違いなく契約更新していただろう。雨漏りをしたりカビ臭かったり、問題もある物件だったが、ボクにはフィットした物件だった。

今回の引越しで20年4ヶ月の一人暮らしを一旦、中断する。19歳で家を出たので結婚するまでの一人暮らし歴も合わせると27年になる。人生の半分以上は一人暮らしだった。しばらくは母との生活が始まるわけだが、母には少しでも長く、元気に生きてほしいので、理想は一人暮らしの期間は人生の半分以下におさめたいものだ。

残念ながらまだ引越しモードに入っていないようだ。スイッチが入らないと行動しないタイプなので、いつスイッチが入るのか。自分自身でもわからない自分のコントロール方法なので、緩く無理せずに付き合っていきたい。きっと大丈夫、無事に引越しも終わり、計画通りにうまくいくと信じている。

帰還します!

色々と考えた結果、8月のお盆明けに今のマンションを退去し実家に戻ることにした。実家に戻るからといって母に対して出来ることは限られているし、一緒に住むことによってデメリットもあると思うけれど、諸々の流れがこのタイミングで実家に戻るような流れに感じ、決断した。

20歳になる2ヶ月前から一人暮らしを始め、それ以来の実家なので33年ぶりということになる。とは言ってもその間に実家は建て替えたので、ボクの部屋はなく、懐かしさは感じない。ただ名古屋から東京に異動した8年前から頻繁に週末は帰っていたので、心配なのは通勤だ。平日の朝晩の電車の混み具合と片道30分、往復で1時間延びる通勤時間だ。駅までの歩きが長くなるのは、平均歩数が増えるのでむしろいいと思っている。

朝のルーティンが変わるのも心配だ。今は起床してから1時間、携帯を触りながらダラダラしていたのだが、その時間がなくなる。起床時間も30分早くなる。この新しいサイクルに慣れればいいのだが、しばらくは時間が掛かるかもしれない。

最も面倒なのは引越しだ。兎に角、計画的にゴミを捨てないといけない。不燃ごみは収集も月2回しかなく、粗大ゴミも予約制なので、引越し日、退去日が決まったらスケジュールを考えないといけない。先のことはわからないが生涯最後の引越しになればいいな、と思っている。あとは少しでも長く母が生きてくれれば、出来ることはやり切ったと思えるだろう。

母の体調不良

ボクと30離れている母は今年83歳になった。ボクを妊娠中に妊娠中毒症になって、腎臓を悪くした。その後、人工透析になり、10年生きれればと言っていたのだが自身で管理をしっかりとやっていたので、透析歴は40年になっている。そんな母が5月末から、いよいよ体調がよろしくない。

昨年6月に父が他界し、母の肩の荷がおりた。その時に生き甲斐もなくなったのかもしれない。生き甲斐というか生きる理由。寿命があるうちは父から残された家と墓を守る。次代に引き継ぐまで、というのが生きる理由かもしれない。ところが父の相続手続きで娘(ボクの姉)が自身の権利を主張してきて揉めて、仲違いをしてしまった。結果、父の一周忌の法事にも来ず、話し合いたい旨を伝えても拒否。それが5月末の出来事だった。

母は夜に眠れないようだ。眠れない日が続けば体調も悪くなる。ただでさえ週3回の透析でカラダに負担が掛かる。心臓にも相当な負担だ。症状としては透析中の血圧低下、頻脈、めまい、息切れ。少し動くだけでも息切れとめまいがして、日課だった早朝のウォーキングすら行けなくなった。頻脈はクスリでなんとか治っているが、血圧を上げるクスリはないため、体調は思わしくない。

ボクは今、実家に向かっている。いつもの週末と変わらないのだが、先々のことを話し、母が望むのならば今の部屋を解約して実家に戻ろうと思っている。自然の摂理がそうさせるのであれば従おうと思う。

心身共に疲れ

心身共に疲れ気味。今の僕をひとことで言うとこの言葉が当てはまる。週5の仕事の出社時間が以前より約1時間早くなったこともあるが、それは退社時間が30分以上、早まったので慣れの問題だと思う。毎週末、予定で埋まっているからだろうか。それも充実しているし、オンオフとメリハリを付けているからよしとして、では、この疲れは何なんだろうか。

まずは、カラダが年老いたのかもしれない。月曜日、火曜日は無理ができない。月火に無理をすると金曜日まで体力が保たない。在宅勤務が嫌いで、在宅で勤務できるような立場でもないので、それはちょうどいいのだが、年々、疲れが残るのは確かだ。

睡眠時間が足りないのだろうか。普段の睡眠時間は5時間くらいだ。眠りは浅い。LINEの着信音で目覚めるし、アラームが鳴る前に目が覚める。そのせいか仕事中、眠くもなる。休憩時間に少し昼寝をすることもあるが、今はまださほど暑くないので、新宿中央公園をウォーキングしている。職場が移転して、以前ほど歩数が伸びなくなったからだ。平均10,000歩、歩くためにランチ休憩中のウォーキングが必要だ。

あとは相続の件や友達の件、仕事の件など、安定していないからだと思う。不安定な状況は精神的疲労につながる。これはひとつひとつ解決していくしかないのだが、追い込まれないと動かない性格なので、解決には時間が掛かることも理解している。これもまた人生というものなのだろう。

久々の上野恩賜公園

仕事もプライベートも思うようにはうまくいかず、久しぶりの自由な週末を昨日今日と過ごしている。昨日はカラダが中々動かず、最低限の洗濯と掃除、買い出しだけで歩数も3,500歩しか歩かず、ダラダラした一日を過ごしてしまった。今日ものんびりではあるものの髪も染めたし今は上野恩賜公園に来ている。

今日、やらないといけない事は追加の買い出しに行くことだけだ。ウォーキングの帰りに一軒寄って、その後にもう一軒行く。目標にしている毎月の平均歩数10,000歩も今月は無事にクリアした。特に予定がないとカラダはこんなにも動けないのかと改めて思うほど、とにかくカラダがかったるいのだ。

全てがうまくいくわけはないのだが、プライベートの進展がないのが最ももどかしい。一次相続も実家の名義変更で姉と揉めているし、婚活アプリも泣かず飛ばす。気候もこれからはジメジメと過ごしづらい湿度になるため、憂鬱だ。何よりも相続の件で変貌した姉が母に辛く当たるのが許し難い。父の一周忌の法事にも出席しなかったし、完全に仲違いした。

上野恩賜公園によく来ていたのはコロナ禍だった。あの時も先が見えない不安の中、明るく元気にやっていれば何とかなるさ、と鼓舞していたように思う。当時と今とでは公園にいる人の数が雲泥の差だが、変わらぬ緑に囲まれて、小さな事に一喜一憂などせずにもっと大きな括りで全体を見ていけよ、とどっしりと構えて見守られている気がする。